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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
窮鳥
平易に申せば、身ひとつに文武ふたつをあわせ持つこと。至極やさしい。しかし難しい。――いうことだけは謙信にもいえるが、さて、行うとなるとだな。……ははは」
おおらかに一笑すると、短檠の灯までが華やいだ。折ふし近習がそれへ供えた麦菓子をひとつ摂って、茶をふくみ、寛いだ客あしらいを見せて、やがて彼のほうから訊いた。
「ときに、折入って、こよいは何事のお越しかの。承ろう。義清どの、ちと、お顔いろもすぐれぬようだが、何とせられたか」
窮鳥
義清はうなだれた。落涙している。
「…………」
燭は白々と主客の沈黙を照らし、庭のしじまをゆく泉の音がせんかんとその灯を湿らせてくる。時折、時雨かと思うばかり木の葉が大殿の廂を打った。
「思い極めて参りました。義清のねがい、甚だ身勝手にござりますが、お聞き届け賜わりますように」
平伏していう。
そしてなお涙しているらしい。
謙信には思い当ることもないようであった。小首を傾げて聞いていたが、一体、そのねがいとは何かと、再び義清に訊ねた。
義清は、流涕を拭って、漸く、容を正し、謹んで今日までの恩遇に謝してから、こういった。
「どうか、九年前に、私から御当家に対して、お縋り申したお頼みの一条は、取消していただきとう存じます。