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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
一塊炎
そのかわりに一種、身に迫る凄気が、十名の心をしめつけた。
一塊炎
信玄は、本堂の真正面に、床几をおかせて、倚っていた。具足のうえの緋の衣も、その怒れる顔も、さながら一塊の焔のように見える。
階の下に、十名はひきすえられた。九名をうしろに、斎藤下野ひとりは、前に突き出されて、坐ったのである。
刮っと、炬のような眼で、信玄はにらみ下ろしている。実に長いここちのする間であった。――下野も黙然と信玄の顔を見ているらしかった。
「使者。――いや、下郎。そこな片目の足なえ。なぜ、返辞をせぬか」
斎藤下野は、信玄の感情をなだめるような、口ぶりで、
「お館には、もうそれがしの名をお忘れですか。それがしは謙信の家臣斎藤下野ですが」
と、いった。
次に、信玄は、持ち前の雷声一喝で、いきなり呶鳴ろうとしたらしい。そうらしい血色と肩の厚い肉が瘤みたいに盛り上がった。だが、四十二ともなると、若い頃の武田晴信とちがって、分別というものが、こみあげる激情の瞬間にもよく間に合うものらしい。忽ち、にやにやと笑い出したのである。そして語調を一変して、こう訊ねた。
「そうそう、越後の使者斎藤下野であったか。