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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

昨夜風雨窓前を打つ

。およそ臣子の分として、この叡慮にお応え申し奉らざるものやあろう。遠く、この北越の辺隅にあっても、一日とて、そのありがたい優諚をわすれたことはない。いわんや、兵をうごかすの日においては――」

夜は時雨となったらしい。雨樋をあふれる雨だれの音が烈しく軒下を打つ。

禅家にも似た道者羽織、鶯茶の頭巾、室に妻もない謙信であったが、烈々、こういう問題に真情を吐き出してくると、そのひとみは実に若い。ともすれば義清とともに涙を沸らせてしまいそうであった。しかし義清の眼は飽くまで小乗小愛の悩みに溺れ、彼の眼は大乗の海にも似て、満々たる涙をたたえながらも、なお仰ぐ人をして、何か洋々たる未来と暖味を抱かしめる。

昨夜風雨窓前を打つ

「それまでの御心事とは、こよい初めて伺いました。志の小、身の至らなきにひき較べ、義清はただ恥じ入るのほかございませぬ。……要らざる小人の煩い事をお耳にいれ、折角の静夜をお邪げ仕りました。どうぞおゆるし措きを」

彼は心から詫びた。

また、蒙を啓かれて、謙信のなして来た戦が、何を志し、何を意義しているものかを、初めてはっきり覚り得た。

そうとわかると、連年、甲州との合戦が、一村上義清のために起ったものと考えていたことは、義清自身、恥ずかしくなって、消えも入りたいここちだった。