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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
眼点の人
そのお人が、ただ心なく、御坊主の勢力におそれて、その拳に頭を打たせたはずはないと、誰しもすぐ察しられて、一しお床しげに伝えたものだった。
このことは、ずっと後に、大坂城中にあった木村重成のこととされて、重成の為人を知る逸事の一つとなってしまったが、伝右衛門であったというこの方が、それよりも以前に民間では語られていたらしい。
――それはともかく。
ここ妻女山の陣中を、使者初鹿野伝右衛門は、鬼小島弥太郎の案内について、やがて謙信の座所へと行った。
謙信は、報らせによって、はや床几について待っていた。
眼点の人
使者迎えは、近衆の和田喜兵衛であった。陣幕の外に佇んで、これへ来る敵方の使者を待ちうけていた。
「……ああ、静かな」
鬼小島弥太郎やそのほかの者に導かれて、これまで来た使者の伝右衛門は、思わず足を止めて、そこらの木々の梢や禽の声など、振仰いだ。
そして、心ひそかに、
(血臭い身装を改めて来てよかった)
と思った。殺伐な風采で、いきり立って来たりなどしたら、それだけ物笑いにされたろうと思った。
それほど、辺りのたたずまいは、ひそやかであった。甲冑の影や剣槍の光は見えても、決して、一人の使客を恫喝しているものではなかった。