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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「長女も次女もすでに他家へ嫁し、ほかに娘とよぶ者はおらぬが」

「いや、おられるでしょう」

弥太郎は、笑った口へ、杯の酒を含んだ。

「それがしが甲府にいたころ、そのころ、まだ十歳にもなられぬ愛くるしい御息女がたしかにおられた。町でも見、御社の庭でも見、よく覚えておる。――ところがその後、年を経て同じおひとを、春日山の御城下に見た。何とそれが、上杉家の臣、黒川大隅家のやしきに召使となっておる。聞けば善光寺あたりからさる者の世話で、大隅家の一人娘の傅女として雇い入れたものという。……名は鶴菜どの、左の唇のほとりに黒子がある。そしてどこやらあなたの面ざしにも似かようておる」

「…………」

「伝右衛門どの、善光寺詣での折にでも、そうしたおむすめ御を道で落した覚えはありませぬか。もしお尋ねならば、いるところをお教え申したいが」

骨太い戦国武者のあらぎもが、この時もう伝右衛門の肚に甦っていた。ふいに、杯の酒を手から揺りこぼして、笑い出したものだった。

「いや、そういわれて、伝右も思い出してござる。真に数年前、善光寺辺で末娘をひとり見失い申した。それが越後に拾われて行ったのを、貴公がお見かけなされたとは、奇縁奇縁。