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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

もし途中、敵軍の遮るあらば、切って善光寺へ出ずるものとお心得あってよかろう」

もちろんこれは寸前まで味方の士卒のあいだにも兵略の機微を漏らすまいとする万全の用意から出た揚言であった。

一方――

その夜、その時刻のころには、甲軍の海津の城でも、戦気殺気、みちみちていた。

二万の軍勢は、はや一人のこらず、足ごしらえまで済まして、城郭の中の広場に、

大奇の部

大正の部

の二手にわかれていた。

腹いっぱい、兵は飯も喰べ終っている。腰兵糧も十分に持った。鉄砲隊は、各※(二の字点、1-2-22)火径を二尺五寸断りとし、束ねて二つ折に腰にさげ、革の弾筥二つ宛、これも左右の腰帯にくくる。

大部分は、長柄隊である。三間柄、二間半などという長槍を林のごとく持つ甲州自慢の中堅で、いわゆる騎馬精鋭中の精鋭は、多くこの組にあって、

「この一期に」

と、迫る一戦に、腕を撫して、大功を心がけているのである。

「どうしたのだろう」

「まだかなあ」

犇めき、犇めき、二万の兵馬は、限られた城郭の中だけに押しあい揉み合いして、ひたぶる進軍の令を待ちしびれていた。

信玄もすでに身を固めて、望楼に床几をすえ、眼の下に揺れ合っている味方、遥かな妻女山の方へも、こよい一際、らんらんとしている眼をくばっていた。