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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

むしろ諸将以下、越後全土の人心は、武田の不信行為にたいして、日ましに憤激を昂めていた。和睦の条文を破棄したばかりか、遠征の留守をうかがって虚をつくとは、卑劣極まる、武門の列に加えておけない信玄入道である、百姓町人の困難も顧みてやらない地上の乱賊である。越後では武士でない領民までが、歯がみしていうのだった。

――にもかかわらず謙信には容易に起つふうも窺われなかった。七月もすぎ八月に近い。春日山の城は蝉しぐれにつつまれて再度出征の気ぶりもないのだ。もちろん城下の鍛冶とか、兵具とか、兵糧そのほか、軍需の方面は、活溌にうごいているが、これは上杉家として何の異例な事でもない。兵事すべて平常のことだ。

「我慢がならぬ」

「どうしたというものだ」

上層の意志が酌めない下級の士たちほど、やりばのないものを、ともすれば口に発したがる。そして、退城して来たものをつかまえては、

「どうだ……御評議のもようは?」

と、訊く。

それを窺い知ることができる程度の側近者であると、

「さあ、知らん」

としか答えないし、

「何かきょうも、お奥では、御一族と老臣方だけで、御評議があった。しかし相かわらず、和戦区々らしい」