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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
「妻女山より加勢の敵は、何分大兵、それに新手、一概には支えかねおりますが、お味方こぞって、徐々と、この犀川、丹波島の此方へさして引揚げておりまする。――すでに、お館のなおこの辺に踏み止っておわすとは知らず、犀川を越えて、遠くうしろに退きとっている部隊もあるかと存ぜられます」
平馬のことばに従いて、人々も口をそろえて謙信にいった。
「無数をもって、ここにおいで遊ばすことは、かえって、味方の集合に、惑いを生じさせているやも知れません」
「すこしも早く、犀川をお渉りあって、無事の地へ、お退き遊ばされますように」
「ここにおわしては、いつふたたび御危険が迫らぬとも限りませぬ」
謙信は、諫めを容れた。さらばと、川を渉るべく、河原へ駒を向け直した。
ここ丹波島とよぶ洲の上流には、駒の脚も立ち、人間が徒渉しても、首の根ぐらいまで水に浸れば渉れるところもあったが、ここから下流の方は、断然深い。
千曲は流れもゆるく、瀬も浅いが、犀川はそれに較べるとはるかに奔激していた。この川すじの水量が最も浅く涸れるのは、真夏の七月が頂上である。九月、十月となれば、山岳地方の雨期となって、たちまち四、五尺ほどの水量は増してくるのが例年の実状であり、殊に丹波島から下流の方では、人間の徒渉できる程度の浅瀬は一ヵ所もない。