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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
「ちいッ」
血の中から立上がって、また直ちに、むらがる甲兵のうちへ駆けこんだ。よろいの草摺は片袖もがれ、兜も失い、髪はさっと風に立っている。
本田右近允は、謙信の眼のまえで、誰やら屈強な甲軍の将と闘っている。まるで鷲と鷲とが相搏ッているすがたである。
和田兵部、宇野左馬介のふたり連れは、たえず二本の槍をそろえて、次々の敵を迎えている。
槍一突。これも、小さい戦法といえようか。
そのほか、謙信を繞る近侍は、ひとりとして鮮血にまみれない者はなかった。
百余名は、またたく間に、四、五十名に討ち減らされた。
敵もおびただしい死骸を積んだ。
しかも容易に、退かない、怯まない。
それもそのはず、これは父信玄を傷つけられ、自分の隊もひとたびは潰滅に瀕した太郎義信が新手を得て再編制して来た一隊である。
「序戦の辱を雪がねば、生きて甲州の人々にまみえる面はない」
という健気なる意気をもつ指導者とその精兵なのだ。ただ恨むらくは、この際の太郎義信も、時すでに水面も暗い黄昏であったといえ、みすみす眼前にあった謙信を、上杉謙信とも知らずに遂に逸したことである。
死中生あり
謙信はふたたび馬腹に鞭を加えて奔っていた。