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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
謙信はことばを和らげて、
「いやいや、わしこそ、思わず今宵はちと激語を吐いた。実申せば、このたびの川中島の大戦に、年来手飼の家の子郎党など、可愛ゆきもの三千余名を失うて、この謙信も人知れず、愁心癒やし難いものがある。いや、心に受くるその傷みにおいては、御許よりも、誰よりも、謙信こそはその重責と傷心に深く自らを鞭打つものだ。ましてや今宵のごとく、戦のあと、いとど寂やかに時雨るる夜などは」
と短檠の灯にじっと、眸をこらして、なおいおうとしたが、義清の惨心に思いを遣り、またあまりにいい過ぎては味もないとするように。
「……察しられい。此方の心中も」
「よくわかりました。お察しいたしまする」
「されば、たとえこの後、いよいよ戦場に屍を積み、この越後一国、夫なき妻と、父なき子らに満とうとも、何ぞ、それは一個御身のせいではない。身ひとりのためかのように気を小さく萎められるな。それよりは、其許のいのち一つも、謙信がいのち一つも、息あるうち、いかに大きく捧げ奉らんかを、朝暮に都の方へ向って念ぜられよ」
その夜のはなしはそれだけであった。けれど村上義清は、わが邸にもどってからも、終夜謙信のことばを想い、その心事を玩味してみた。