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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
越後表にはさして要害という要害もないが、そちこち見たいところを見てまいるがよい」
と、奉行から達しさせ、役人が連れて、彼らを幾組にもわかち、三日ほど諸所見物させたうえ、旅費を持たせて、国外へ送還してやった。
「いかに信玄が、わが方の使者に、寛度を示したからとて、それは正当に使者として甲州へ赴いたもの。こちらの放したのは、すべて始末のわるい敵の隠密。こんどの御処置は、あまり御寛大に過ぎたようだ」
非難というのではないが、憂いのあまりに、家中にはこういう声も多少あったが、越後領から放された甲州乱波の面々は、
「もういかん。二度と春日山の城下へは入りこめない。三日のあいだ、白昼、あのように諸所を歩かされて、城下の女子どもにまで、この顔をありありと見覚えられては、どう身扮を変えても次にはすぐ見顕わされてしまう」
といいあいつつ、また謙信の度量にも惧れをなして、這々のていで甲州へ帰り去ったということであった。
これを見ても謙信の戦が、ただの自己の遺恨とか利己の侵略でなかったことが窺える。彼は敵兵すら日本の一民と観ていた。もののあわれを知る兵家だった。敵といい味方というも、この日本国の内においてながしあう血はことごとくみなこの国の大生命ひとつに帰するものでしかないことを達観していた。