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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
上杉どのは下に厚いとみえる」
と、つぶやいた。
それから、片目はどうしてつぶれたかとか、足はどこで跛行になったかなどと、露骨にたずねたが、下野の答えは、機智縦横でしかも相手を不快にさせない程度に自己の見識と鋭さを持っていた。
「小兵者ながら、なかなか利け者。わが家へ使いにさし向けられた者ほどある。上杉どのの祖先、鎌倉の権五郎景政も、鳥海弥三郎の矢に片目を奪われ、しかも武名かくれもなかった。おそらくその方の如き人物であったかも知れぬな。はははは。大炊大炊」
「はい」
「使者に、酒を与えろ。大いに犒ってつかわそう」
「お待ち下さい」
下野はさえぎって――
「御酒をいただく前に戴かねばならぬものがあります」
「何か」
「割ヶ嶽の一城です」
「……ふうむ」
信玄の眼が、初めてらんと光った。眼じりの小皺は、この時利剣のように刎ね上がっていた。下野は、たたみかけて、
「おそらく、お館のさしずではなく、出先にある甲州の将士が、無断の乱暴と存ぜられますが、あの一儀は、実に、わが上杉家と親睦のちかい固き武田家の御名のために、深く惜しまずにはいられません」
「いや、割ヶ嶽を攻めたは、信玄のさしずじゃ。