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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

応接にいとまがなかった。八面六臂を相手にしているここちがする。そこで四隣の国々では彼をさして信玄と呼ぶよりも、

(甲州の足長どの)

などと称んでいた。以て、彼の棒道が、いかに非常のときにものをいって、その電撃ぶりと共に、敵対国にとっては、苦手なものであるかという察しもつく。

総勢二万余という大軍が、そこを行く日は壮観にちがいなかった。八月十九日の朝すでに、八ヶ岳のふもとを、大門峠のほうへ向って、士馬精鋭の激流は急ぎに急いでいたのである。

「道鬼、道鬼」

と、武田典厩信繁はうしろを向いて馬上から呼んだ。

信繁は、信玄の弟だ。中軍二十一流の旗の下に、信玄の嫡子の太郎義信などの一族とともに進んでいた。

「お呼びでしたか」

答えたのは山本勘介、入道して道鬼と号している謀臣のひとりである。法師首に漆黒のかぶとを頂き、頬当の間から白い眉毛を植えたように見せていた。年齢は六十を越えている。

「天気はどうだな、天気は。……そちは気象をよく見るが、この空あいは、四、五日はまだ持ちそうか」

「晴雨のおたずねですか」

勘介は、空をあおいで、入念に眼もとを顰めていたが、

「この雲の迅さ。