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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「ここへ来てから、いつにないお館の念入りな御思案ではある。こんどに限って、なぜ電撃な御命令が出ないのか」

と、みな怪訝っているという点にある――と称していた。

信茂の不審は、あながち彼だけの不審ではなかった。甲府発向はあのように一刻をも争いながら、この広大な盆地に臨んでからの信玄は、あたかもわざと道草でもするように、犀川に沿い、千曲の急流を測り、山に拠ってみたり、丘を擁して兵馬を休めてみたり、容易に、その拠るところの全陣地が定まらないもののように見えた。

二十四日に至って、漸く信玄はその本陣を、

「ここ」

と、決意したらしい。

それは更級郡の一部、信里村の一丘。茶臼山と土地の者の呼んでいる高地である。

武田家の軍旗、一丈八尺の紺地に、

疾如レ風。 徐如レ林。

侵掠如レ火。不レ動如レ山。

と、金色の文字を二行にしるしたものと、一丈三尺の真っ赤な幟に、

南無諏訪南宮法性上下大明神

と一行に書かれてあるものとがそこに立てられた。

信玄は、その旌旗の鳴りやまぬ秋風の下に、床几をすえさせて、極めて、静かな眸をしていた。充分に眠りを摂ったあとのように何の濁りもない眼であった。