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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

ごそごそと、どこからか出てくると、その白あばたのある顔あたりへ手を翳しながら、

「うーむ、あれは甲州の初鹿野伝右衛門という話せるさむらいだ。――何しにきたのか」

と、つぶやいた。

当然、ここよりも早く、それを認めていたにちがいない麓の部隊から、さっそく河原の方へ向って駆けてゆく一群が見える。約三、四十人の武者輩であった。

こちらの岸へ、ガリガリと乗しあげてきた船の舳へ向って、

「どこへ通られるか」

と、左右二列にわかれて、槍ぶすまを突きつけている。

これはむしろ軍使を待つ儀式といっていい。戦わざる意志の槍の美しさ。またその白い光の中へ下りてくる日傘の色のきれいさ。併せて、軍使の悪びれない落着きがよかった。

「これは、甲州の臣、初鹿野伝右衛門です。主君信玄公のお旨を承って、謙信公へ直々お目にかかり申したく、かくは戦場の小閑にお訪ねして参ってござる。ねがわくばお取次を」

「お待ちなさい」

包囲形をそのままにして、一人が部隊へ走る。やがて部将がくる。そして、

「まだ、君の御意をお伺い中でござるが、ここは路傍、それがしの陣地までお越しあって、御休息でも」

と、自分の持場まで導いてきて、床几など与える。