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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
駕籠がとまってタレがあがり、ヨロヨロと出たのは一人の娘、それはほかならぬお京であった。
「いったい妾はどうしたのだろう?」ぼんやりと四辺を見廻した。「浅草河喜という料理屋に、袴広太郎様がおいでと聞き、行った時から正気がなく、駕籠の中へ押しこめられ、陰気な屋敷へ連れて行かれたが、夢うつつのように見えたのは、美しい殿堂、広い海、限り知れない砂の原、小羊をたくあおい煙り、そうしてその間にこわらしい、みつ口の小さなお爺イさんが、向こう傷のあるおさむらいさんが、はいったり出たりしていたが、おおそうして一度だけ、ほんのチラリとではあったけれど、袴様のお姿もお見かけしたが、どれもハッキリとは覚えない。……でもみつ口のお爺イさんが、さっき妾を丁寧に、駕籠へかき乗せてくだすった時から、妾は正気に返ったようだ」
髪一筋乱れていず、衣裳一つ着崩れていない。中高の細面。神性と処女性のあることを、さながらに現わしたあこがれるような眼。これが旗本の娘だろうか、貴族の姫君ではあるまいか? こう思われるほど気高い鼻。少しやつれてはいるけれど、昔のお京と変りがない。
「おや」とお京は眼をみはった。