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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
巴御殿
振り返ってみると見覚えのある、例の不思議な傀儡師であった。
「四谷左門町、播磨守様の裏手、黒板塀に巴の印、……そこをお訪ねなさりませ」
つと横へきれて消えてしまった。
巴御殿
慶安年間の四谷左門町ときては、いわゆる悪漢の巣窟で、微禄の御家人とか香具師とか、猿廻しとか夜鷹とかないしは怪しげな浪人者とか、そんな者ばかりが住んでいた。もちろん商家もあったけれど、真面目な商人は少数で、物価などもうんと高く、ほかの町でのまず三倍、それで売る方も平気なら、また買う方も怪しまない。かどわかし、賭博、喧嘩、刃傷、すり、泥棒というようなことが、昼夜となく行なわれ、しかも法網をくぐっている。悪漢には悪漢の道徳があり、互いに隠し合いかばい合うからだ。お尋ね者にとっては安全区域、ここへ逃げ込むと目つからない。その代わり若い女などが、うっかりここへ紛れ込もうものなら、とても純潔では帰れない。
なにがし播磨守という大名屋敷が、この一郭に立っているのは、ちょっと場違いの感があるが、その屋敷の裏手にあたって巴小路という小路がある。露路があたかも巴のように、変な形に作られていてそこへいったんはいり込むと、容易なことでは出ることができない。