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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

この捕り縄は

この捕り縄は

ポンと右手がふところへはいり、同時に左手がヒョイとあがった。とたんに袖口から一条の捕り縄、スルスルと宙へ流れ出た。それがギリギリと巻きつこうとした時、虚無僧は尺八をさっと振った。パチッと物音を立てたのは、捕り縄がはねられたに相違ない。がその時はその捕り縄、ちゃアんとふところへ手ぐられていた。

東海道の真っ昼間、時は六月孟夏の頃、あんまり熱いので人通りがない。ただ一人の虚無僧と、道中師めいた小男とが、相前後して行くばかりだ。

と同じ事が行われた。つと駆け抜けた道中師、ポンと右手をふところへ入れ、ヒョイと左の手を上げた。その袖口から一条の捕り縄、スルスルと出てキリキリキリ、虚無僧へ巻きつこうとするのであるが、やっぱりいけない。さっと払う尺八につれて、グンニャリとなる。がその時には捕り縄は、袖口からふところへ手ぐられていた。

眼にも止まらぬ早業である。たとえ旅人が通っても、感づくことは出来なかったろう。だがいったいどうしたのだろう? 捕り物にしては緩慢に過ぎ、遊戯にしてはいたずらに過ぎる。

なんの変わったこともなく、虚無僧は悠然と歩いて行く。