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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
裏切り者
二十日の月がかかっている。森も林も灌木も、月光に浸ってぬれている。戦いの前の静けさである。槍を地につき、槍の柄へ、額をおッつけた天草時行、じっと何かを聞き澄ました。
「気になるなあ、どうも変だ。……あの物音! なんだろう?」
杉窪の里とは反対の方へ、聞き耳を立てたものである。が、いったいどうしたんだ、なんにも音などは聞こえないではないか。しかし天草には聞こえるとみえ、槍を取り直すと引きしごき、見えない敵へ突っかけた。「カーッ」とかけた気合いである。
裏切り者
見えない敵へ気合いをかけ、さて引っ返して来た天草時行、床几に腰かけると考え込んだ。
「どうなされました、天草殿?」築土新吾、不思議そうにきいた。
「うむ」というと天草時行、皺顔を一層しわにしたが、「どうもな、ちょっと変なのだ。だが恐らく空耳だろう。いくさ場では色々かわったことがある。で、カーッと気合いをかけ、悪魔ッ払いをやったッてものさ。だがもしこれでも聞こえるようなら備えの立て方をかえずばなるまい。……それはそうと、神様のことだが、島原一揆の連中には、森宗意だの蘆田忠左衛門だの、相当の人物がいたんだが、どうもね、みんな信心家で、ハレルヤ、ハレルヤ、ゼウス、ゼウス、などと変てこな呪文を唱え、神様へ頭をさげたので、とうとういくさに負けッちゃッた。