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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

これが広太郎の意見であった。

「これはいかにもそれがよかろう」――で地雷弾を埋めることにした。

天草一味の百五十人が、盆地の頂き、東南の地点、柏峠に陣を張ったと、そういう報告のあったのは、広太郎が里へやって来てから、十五日を経た頃であった。戦機いよいよ熟したらしい。そこで広太郎の意見として、女子供や老人を、一人残らず一まとめにし、銅兵衛の屋敷へ籠らせることにした。女たちにはドンドン焚出しをさせ、子供達には矢だまを運ばせ、老人達には女子供を、監督させることにした。そうして屈強の若者だけを、敵の正面へ立ちむかわせ、空き家になった家を、掩護物として戦うことにきめた。そうして広太郎は馬に乗り、真っ先に出て指揮をしよう、こういうことに一決した。副頭領楠右衛門は、旗本ともいうべき屋敷にあって、銅兵衛と君尾を守ることにし、文三が地雷のかかりとなった。さあいつでもやって来い! 士気はまさに横溢であった。

その十五日目の日もくれて、二十日の月がかかったころ、一つの人影が人目を忍ぶように、盆地の上へ上がって行った。上がりきった所は原である。見ると遙かの林の中から、篝火の光がもれて来た。