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けんきょうじゅなん

剣侠受難

国枝 史郎

「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页

青空文庫

「築土よ築土よ、あぶないぞよ。それ肩だ、右の肩」

飛びのく築土。広太郎は、ギョッとしてピタリと端坐した。と、正面の唐紙が、スルスルと一方へ開いたものである。現われたのは一人の老武士。やッ、その風采のあがらないことは! 年は六十以上でもあろう。せいの高さは五尺にも足らず、握り拳ほどの小さい顔、色は蒼く皺だらけ、口を見ればみつくちである。袴なしの着流しに、小刀一本たばさんでいる。わずかばかりの胡麻塩の髪を、総髪にしてうなじに取り上げ、紫のひもで巻き立てている。

チョコンと坐ると丁寧に一礼、それからしゃべりだしたものである。

「ようこそおいで袴殿。愚老は浪人天草時行。以後はな、どうぞ別懇に……、それはそうと、広太郎殿、剣は柳生を学ばれたな。立派なもので、よい気合だ。愚老すっかり感心いたした。築土築土、大馬鹿者め! お前など十人かかろうと、広太郎殿に及びもつかぬ。威張るばかりが能ではない。以後は注意、人を見るがいい。もうお前は斬られたようなものだ。貝殻骨から胸板まで、サーッと一太刀。アッハッハッハッ、すると生命がなくなってしまう。がしかしだ、広太郎殿、貴殿もまだまだちょっとお若い。