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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
彼女は死を忘れて恍惚とした。林冲に翻弄されるのが甘美でさえあった。気づいたときは、手にさいごの一剣もなく、林冲の猿臂にかかって、鞍の上から毟りとられていた。宙を飛ぶ巨大な男の腕のなかに、彼女はあきらめの目をつぶっていた。窒息の境が甘い夢のようだった。
「副統、生け捕ってまいりました」
投げ出された所は、すでに村口の梁山泊軍の幕舎だった。宋江は無事一ト足先に着いていたし、ほかの幕僚なかまも、続々、たどりついて来つつある最中らしい。
「林冲。まったく貴公のおかげだ。これでいささかは梁山泊の面々へも申しわけが立つ」
しかし宋江は、終夜、浮かない容子だった。明け方までは寝もしていない。――三々伍々、逃げおくれた部下の着くのを、いちいち迎えて人員のまだ不足なのに心を傷めていたのである。
おびただしい損害だった。翌日は帳に入ったが、なお輾転と自責にもだえた。そしてやがて、おもい瞼をして帳を出ると、
「女はここにおけぬ。組の頭四人、兵三十人で、一丈青の身を馬の背にくくし付け、即刻、梁山泊の内へ、送りとどけて来い」
と、命じた。
また、欒廷玉のために、重傷を負ってうめいている欧鵬の身を案じて、それも同時に、山寨へ送らせるようにした。