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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
――おれはこの人たちになにをしてやった覚えもない、と栄二は繰返し思った。しかもこの人たちはおれのために心配し、こんなに劬ったり慰めたりしてくれる、それも気まぐれやお義理なんかじゃない、まるでしんみのきょうだい同様じゃないか。
栄二は初めそのことになじめなかった。あらしの前とあとでは、かれらぜんたいの気ふうが変ったことも、自分が災難にあってからの自分に示すかれらの気持も。――それはちょうど狭い穴の中からぬけだして、見知らない広大な展望を前にしたようで、まったく新しい山河の景色にとまどいをする、というのに似ていた。そして或る日、彼は岡安喜兵衛の云ったことを思いだした。
――おまえが気づかず、また興味がないにしても、この風には秋の爽やかな味がするし、もくせいの花の香が匂っている。
栄二にはぼんやりとではあるが、その言葉の意味がわかるように思えた。ことによるとおれは、いままでこの人たちを本当に見ていなかったのかもしれないな。風にもくせいが匂っていても嗅ぎわける気がなかったように、この寄場にいる者たちには、ずっとまえからこういう気ふうがあったのかもしれない、と彼は思った。