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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

生ける験あり

生ける験あり

この正月を迎えて、謙信は、ことし三十三とはなった。

まだ弱冠といっていい。それなのに、服色も装身のすべても、ひどく地味好みであった。長袖の羽織も山繭織の鶯茶の無地ですましている。大口に似た袴だけが何やら特殊な織物らしい。またいつも好んで頭巾をかぶり、新春の装い綺羅やかな群臣のなかにあって、にこにこと無口に衆を見まわしている。――どう見ても臨済の若僧がひとりそこに交ざっているようであった。

「どうです、他愛ないものではありませんか。これですから、わが部下というものは、可愛くてなりません」

座を隣りあわせている右側の人へ、謙信はこう話しかけた。

関東管領の上杉憲政は、

「まったく」

と、うなずいて、更にまた、その右隣にいる貴人へ向って、

「越後衆の義勇に富むことや辛抱強さは、夙に、四隣に聞えていますが、かように無邪気で、多芸の士が多いとは、いや初めて知りましたな」

と、微笑を伝えた。

貴人というのは、この中に、ただひとりの都の公卿だった。熊野どの、熊野どのと仮称しているが、実は関白家の嫡、近衛前嗣なのである。――ことし永禄四年という天下大乱の中を、いかに正月とはいえ、こうした荒武者ばかりの席に平然と臨んでともに酒を酌み、ともに歓を尽しているこの公卿も、いわゆる花鳥風月だけしか解さない堂上の人とはすこし