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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「謙信の弾く琴を聞いていたのであろう」

「そうかも知れません」

「その臣下へ向って、謙信が、何か申したか」

「琴を弾いては、雨曇りの月を仰いで、低声に、歌を謡っているだけでした」

「陣中のさむらい共は、みな元気にみちていたようか」

「馬ばかりよく嘶いておりましただが」

「馬のことではない、士気はどう観えたか」

「よく分りましねえだ」

「兵糧は有るようか無いようか」

「ありません」

「ないか」

「ありません」

「士気の旺か否かも分らぬそちに、よく兵糧の有無が分ったな」

「足軽や侍の喰っているのを見たら、玄米ではありません、粟粥や芋粥です。それから、荷駄馬の骨が捨ててありました。馬の肉も喰べています。山中どこを見たって、豆俵も米俵もありませぬし」

「どうして無事に帰って来られたか」

「雨宮からずっと下流へ戻って、八幡原の向う側を、ぶらぶら歩いて帰って来ました」

いくら根掘り葉掘りたずねてみても、結局、こんな程度であった。

だが、それを伝え聞いた信玄は、

「それも勇士だ」

と、いった。

そして、厚く褒美をやれと命じ、その覚束ない敵状資料をつぶさに含味して、何か、彼としては充分に、得るところはあったらしい。