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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

だが、九月十日、この朝の、川中島の緒戦では、こういう戦法の常則が、甚だしくちがっていた。

なぜならば、甲軍の方では、敵が車掛りに来たと察知したので、定則以上にも厳密な堅陣をもって押したのであるが、謙信はかねがね、

(このたびこそ)

と期していたことであり、その戦法も、常識にとらわるるなく、

(一手切に戦って、勝敗を瞬時に決せん)

とは、すでに諸大将や左右の旗本たちへも、断言していた方針であった。

一手切の決戦とは、つまり二の手なしということである。四段の備えも、緒戦もない。緒戦からして直ちに決戦に入らんという素裸捨身の戦いを目がけたのだった。

その真っ先に立ったのが柿崎和泉守の隊だった。

大蕪菁の馬簾を揉んで急襲し、左右から本庄越前守、山吉孫二郎、色部修理、安田治部などが喚きかかる形をとった。

驚くべきことは、主将謙信そのものは、柿崎隊のすぐ二の陣にあったことである。

前側の味方が敵へ当って散開すれば、すぐにも謙信のいる位置は、敵の前に露出してしまう。大胆とも何ともいいようはない。

「かくまでに」――とは、信玄も思えなかった。謀将山本勘介、原隼人などの叡智でも察しきれなかった。