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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

知らず・謙信とは

白地の旗には「毘」の一字が大きく見られた。

「敵」

「良き大将」

と、武田勢は駆け寄って来た。

謙信とは知らないのである。

また、その一団の武者を、謙信のほうでも、ごく間近になるまでは、武田方とは気づかないでいたらしい。

「新発田か、柿崎の手の者か?」

ここの旗を認めて、さっそく寄って来た味方の一部とばかり見ていたのだった。ところが、約百歩ほど近づいたとき、

「高坂だっ」

と、謙信のそばで、永井源四郎がさけんだので、初めて一同も、

「すわ」

と、無意識に主君の身を庇った。

高坂弾正の部下は二、三百もいた。謙信の旗本たちの数十倍である。けれど、高坂隊のうちの一組で、その主隊でなかったのは僥倖である。

「あの首を」

と、謙信を目がけて、襲いかかって来たが、的確な目標と、信念ある指揮者がない。たまたま、この乱軍のなかで、数の少ない敵の一かたまりを見たので、殲滅を志して来ただけのものでしかない。

「雑兵めら」

謙信を守る人々は死力である。

永井源四郎も、竹俣長七も、鬼小島弥太郎も、まず身を躍らせて、敵のなかへ入った。こういう寡兵で立ち向ったとき、相手の兵数に呑まれて、身を恟め、狭地を守り、防ぐばかりを能としていたら、その孤立は完全に、敵の捕捉にまかすしかない。