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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
越路の娘
旗がへんぽんと風に鳴りはためいて、馬のいななきや、兵の雑音とともに、天地の秋声をここに集めているようだった。
「陣払いせい。ここを去って、雨宮の渡しまで降れ。――千曲川を前に、北の岸、雨宮の渡しをとって、各※(二の字点、1-2-22)、持場を取れ」
よほど急に思い立ったことと見えた。左右の老将や謀臣に諮ることもしなかったし、それを通じて下知する法もとらずに、彼自身、こう唐突に号令を出したのであった。
それとともに、信玄は、陣幕の中を歩き巡っていた。歩きつつもなおしきりに自己の智と闘っているふうだった。たとえば囲碁の名人が容易に下さない一石の前にも似ている。時に唇をむすんだまま足もとの地上を凝視していたりした。直射する秋の日の下には、なおたくさんな蟻の穴に蟻が往来していた。
越路の娘
川中島という名は古い。もちろん永禄以前からのものである。
犀川、千曲川の二つの縦横な奔流に囲まれて、善光寺平の一部に三角形のひろい干潟ができた。そこを「川中島」とも「八幡原」ともいうと古事記にはあるが、土着の人はもっと広義にとって、あの辺、更級、埴科、水内、高井にわたっての一面な河原地や平野をすべて――川中島四郡と呼び慣わしている。