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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

「ほ。甲州路へだって。……だが、お前さんは一体、どっちから来なすったえ?」

あべこべに問われると、娘は急に眼をさまよわせて、犀、千曲、何れとも分らぬ川の流れを見まわしていたが、

「あっちから」

と、善光寺の御堂があるという遥かな丘陵を指さした。

「じゃあ、北国街道を、北のほうから来なっしったか」

「――え、え」

と、うなずく。けれどそれも至って曖昧な顔つきに見える。

軍夫たちは、叱るように教えた。――知ってか、知らずに来たか、この辺一帯は、二、三日前から戦場になっている。それ故、この通り昼間でも見はるかす限りの土地には、鍬取る人影もなく、旅人のすがたも見られない。稀野をよぎるものがあれば、それは鳥影ぐらいなもの……。

「それを、女子の身ひとりで、こんな所、うろうろしているということがあるものか。はやく彼っちゃい行きなされ。これから――そうよなあ――まあこの川べりに添うて、南へ南へと行かしゃれ、やがて宿場の屋根が見えよう。そしたらそこで甲州のどこへ行くとなと詳しく道を問うたがいい。くれぐれも日の暮れないうちに急ぎなされよ」

これだけのことを、口々に告げ終ると、幾つもの鎌の手は、また草の根へ屈みこんで、予定の馬糧を刈り取ることに向って、その男たちも急ぎ初めた。