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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
「お嬢様、お嬢様!」と追おうとしたが、あっ、君尾の姿が見えない。「むうう」とうなると可哀そうな文三、ベタベタとすわったものである。
そのころ君尾は林を抜け、草の斜面を走っていた。夜の山中、人はいない。なまじに声を立てたならかえって文三に目つけ出されるだろう。そこで無言でひた走った。二十日の月夜、ボッと明るく、森や林が立っている。灌木や叢が飛び散っている。身体がグタグタにつかれている。いまにもいきが絶えそうだ。だが休んではいられない、人里へ! 人里へ! 人里へ! 草がたけのびて走りにくい。で君尾は裾をからげた。すっかり着崩れた振り袖姿! 深紅の蹴出しがはぎに纒う。蹴出しから漏れる真っ白の脛! 人気がないので恥ずかしくもない。走りながら振り返ってみた。追って来ない、人影が見えぬ。君尾ドンドン走って行く。と、行く手に丘があった。塚のようにまるい小丘である。その丘を廻った時である。カッと火光が眼を射た。
「あっ」といって立ち止まった。数本のたいまつが燃えている。十数人の人が立っている。それは奇怪な光景であった。真ん中にノビノビと立っているのは紗の唐冠、白い道服、刺繍した履の老人で、口ひげはないが長いあごひげ、眉毛と共に卯の花のように白い。