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けんきょうじゅなん
剣侠受難
国枝 史郎
「東京日日新聞」1926(大正15)年5月28日~11月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,479 字 · 394 页
ともう一度呼んでみた。お町! と呼び返す声はしない。袴様と返るばかりである。
二人トボトボと歩いて行く。サクサクサクサクと雪がきしる。雪を持った木々が二人を迎え、雪を持った木々が二人を送る。
と不意にお町がいった。「でも妾は慰められます。しぶきが舞い込み、しずくが落ちる、あの滝の裏の岩室の中で、五年もの間苦しまれた、お祖父様のことを思いますとねえ」
「そうしてそこで私達も、幾月かくらしたではございませんか」
「それが私達をかえてくれました。よい人間へ! 真面目な人間へ!」
「そうして私達に教えてくれました、懺悔生活というものを」
「懺悔しながら暮らしましょうねえ」
「そうして前途へ希望を持って」
「ええ」とお町はうなずいた。しかしまたもや眼をおさえた。そうして声をしぼったものである。
「ああ袴様は! ……妾をすてて!」
忠三には何ともいえなかった。ただ同じように眼をおさえた。
と、お町振り返り、今来た方を眺めやった。
「日本を離れたら二度と再び、こんな所へは来られない。よく見ましょうよ、忠三様!」
眼界の限り真っ白である。起伏して山々がうねっている。巨大な大理石の墓のようである。