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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
虎は性来、敵が尾へ廻ることはおよそ嫌いだ。うしろは彼がもっとも弱点とする急所なのである。だから怒った。ばっと一躍するなり武松を搏ッた。
「おうッ」
と、武松は身を沈め、次の攻勢もスラと軽くかわした。すると虎は外された体をまるくちぢめ、背すじの峰を高めて、ふうッと唸った。その腥さい鼻風は砂礫を飛ばし、怒りは金瞳に燃え、第三の跳躍をみせるやいな、武松のからだを、まッ赤な口と、四ツ脚の爪の下に、引ッ裂かんとしたが、これまた武松にかわされると、彼のさいごの手とする素早い“払い”をこころみた。
撲つ、蹴る、払う。虎の戦法はこう三つを奥の手とする。そのすべてが効かないとなると、さしもの獣王も気萎えをするものだとか。武松は知っていたわけではないが、活眼、虎の虚を察するやいな、こんどは彼から跳びかかった。額の銀毛の斑を狙って、一拳を食らわせ、また二拳、鼻を搏ち、三打、虎の眼を突いた。
虎はクシャミのような悲鳴を発した。――が、もちろん、そんな程度では怯まない。とたんに武松の体が鞠のごとく七尺も先へ転がった。転がった上へは、間髪を入れず、黄まだらな蜒が尾を曳いて走り、武松のどこかを咥えたかと見えたが、逆に虎の体がもんどり打った。