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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

三月一日には栄二は休めなかった。日本橋本町の綿文という大きな両替商で、客座敷の襖を張り替えるのに、紙合せと下見のため、兄弟子の多市といっしょにでかけたのである。綿文も芳古堂にとっては古いとくいで、一年に一度は襖の張替えをする。栄二は十三の年から毎年、多市や重七たちの下廻りでゆき、家族や召使たちとも顔馴染になっていた。――主人の徳兵衛は肥えていて躯が大きく、いつでも酒臭い息をして、店へは殆んど出ず骨董いじりや俳諧に凝っていた。妻女はおみよといって、躯も細くて小柄だし、顔もちまちまとして、大店の主婦というより、横丁あたりのおかみさんのような感じであった。男の子はなく、おきみ、おそのという娘が二人、としは二つ違いで、どちらも評判のきりょうよしだが、姉は父親に似てゆったりした躯つきだし、性質ものんびりしていた。妹は痩せがたで顔も細く、ませた口をきくし、することがすばしこかった。

綿文は角店で、土蔵が二戸前。二階造りの店とはべつに、中庭を隔てて、平屋建ての住居があった。住居のほうは横に門があり、正面が玄関。右へ火除け用の厚い土塀に沿って廻ると、向うに屋根を掛けた釣瓶井戸があり、その手前の左側に勝手口があった。