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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
よく来たなぶしゅうとか、外のようすはどうだとか、誰ともわからない声が左右から聞えた。みんなうきうきとはずんだ調子であった。油の壺はどうだときくと、みんな綱で括り合わせたし、この小屋は大丈夫だと清七が答えた。
「この中にもっこ部屋の者はいるか」
「こっちにいるぜ、あにい」と栄二の問いかけに答える金太の声が聞えた、「久七小頭と与平さんもいっしょだ」
「もうひとねばりだ」と栄二がどなった、「みんなふんばろうぜ」
わっと、また歓声がわきあがった。突風がおそいかかって、小屋ぜんたいがふるえ、柱や梁木がきしんだ。すると誰かが唄をうたいだし、その唄を知っている者が四、五人、いっしょに声高く合わせてうたった。栄二にはなんの唄かわからなかったし、文句もよく聞きとれなかったが、おかしなことに眼の裏が熱くなり、涙があふれ出てきた。
「――おまえ見たさに……」とその唄の文句が途切れて聞えた、「――馬草刈る手も……おまや来もせず、……影ばかり」
栄二はそっと眼を拭いた。突風がまた小屋を揺りたて、どこかで板でも裂けるような、激しい物音がした。
九の一
海はまだ土色に濁っていたが、空気は澄みあがって、はるかに、房州の山が青ずんで見えた。