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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

そのとき与平が、茶の支度をして炉端からこっちへ来るところであった。

「いつもおみまいで御苦労ですね」と与平は云った、「出がらしだが一つどうぞ」

さぶは栄二のために礼を述べ、三つの折詰を差出した。そこでまたくどくどと礼の云いあいが始まり、栄二はそっぽを向いた。

――じれってえやつだ、と栄二は心の中で舌打ちをした。きっとおれの云うことなんか聞いてもいなかったんだろう、石に念仏、口がくたびれるだけだぜ。

与平が折詰を持って炉のほうへ去ると、さぶは風呂敷をたたみながら、おすえがまた女中奉公に出たと云った。

「下谷金杉のうちは、小さいけれどおやじさんが筆屋をやっていて、くらしに困ってるわけじゃねえんだ」とさぶは続けた、「――綿文へ奉公にいったのも行儀見習いだったそうだが、こんどはそうじゃねえんだよ、栄ちゃんが出て来るときのために、ちっとでも給銀をためておこうって」

「またそれか」栄二は露骨に顔をしかめた、「おれはいつここを出られるかわからない人間だ、って云ったろう、おれのことは考えるなって、おめえからはっきり云ってやってくれ、頼むぜさぶ」

さぶはあいまいに頷いた、「――いいよ、そう云うよ、云ってもしようがないだろうけれどね」