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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

栄二は聞えないふりをしていた。

「栄さん、って云ってもいいかい」さぶが帰ったあと、与平が側へ来て話しかけた、「――岡安さんから口止めをされてたんでね」

「どう呼んだっていいさ、名まえなんか符牒みてえなもんだからな」

「おまえさんの気に障るかもしれないが」と与平はいつになく強気な調子で云った、「さぶという人にもう少し、やさしくしてやるわけにはいかないかね」

栄二は与平の顔をみつめた、「やさしくって、どういうふうに」

「それは自分でわかるだろう、あの人は暇を欠いて、あのとおりしげしげとみまいに来てくれる、どんなかかわりの人か知らないが、ちっとやそっとの気持でできることじゃあないよ、栄さんは頭がいいから、私の云うことなんぞ可笑しくもないだろうが、どんなに賢くっても、にんげん自分の背中を見ることはできないんだからね」

そして与平は向うへいった。

十一の四

与平の言葉の終りの一句が、栄二の頭に強くひっかかった。ばかを云え、賢くあろうがなかろうが、鏡を使えば自分の背中ぐらい誰にだって見えるぜ。そう心の中でやり返したけれども、与平がそんな意味で云ったのでないことはわかっているし、仮に同じ意味だとしても「鏡」