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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

腰の曲った喘息持ちの祖父、気の弱い父と、男まさりで手の早い母、朝から母と喧嘩の絶えない口やかましい兄嫁、三人いる弟妹と、呑んだくれの兄と、五人もいる甥や姪たち。うす暗く煤だらけな、古くて狭くて、ぜんたいが片方へ傾いている家や、五反歩そこそこの痩せた田畑など。さぶは途方にくれ、しゃくりあげながら、またあるきだした。

「おめえにゃあ田舎がある」いっしょにあるきながら栄二が云った、「どんなうちにしろ帰るところがあるからいい、だがおらあ親きょうだいも身寄りもねえ独りぼっちだ、今年の春、おらあ店を追ん出されるようなことをしちまった、追ん出されるか自分でおん出るか、どっちか一つという、とんでもねえことをしちまったんだ」

さぶはそろそろと振り向いて、栄二の顔を見た。好奇心からではなく、戸惑ったような眼つきであった。栄二はふきげんな、怒ってでもいるような口ぶりで、自分が去年から幾たびか帳場の銭をぬすみ、それを主婦のお由にみつかったのだ、と告白した。

「わこく橋の側の堀っぷちに鰻の蒲焼の屋台が出る」と栄二は続けた、「おらあ蒲焼の匂いを嗅ぐとがまんができなくなるんだ」

通りがかりにその匂いを嗅ぐと、喰べるまでは胃の腑がおさまらない。