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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
栄二は大川端のほうへ向いながら独り言を云った、「子飼いからそこそこ十年にもなろうっていうのに、あんまり水臭えじゃあねえか」
朝のことだから、酒を飲ませる店などはみつからなかった。両国広小路あたりの裏とか、河岸の水茶屋のあいだなどに、川人足や折助たち相手の荒っぽい居酒屋があるのだが、慣れない者にはわかりにくく、栄二もそれらの店の前を気づかずに通りすぎ、ぼんやりと橋を渡りかけた。そのとき東からこっちへ、小さな風呂敷包みを抱えた女が橋を渡って来て、栄二を認めると眼をみはって立停り、それから小走りに寄って来た。
「栄二さんじゃないの、いまじぶんどうしたの」
栄二はふいにおどかされでもしたように、脇へ身をそらして相手を見た。そして、堀江町の「すみよし」のおのぶだと気づくと、知らない土地で古い馴染にでも出会ったような、うれしさとなつかしさとで胸があたたまるのを感じた。
「おめえこそ」と彼は例になくあいそのいい口ぶりで云った、「こんな朝っぱらからなにをしているんだ」
「お店へいくところよ、三日まえからうちに帰っていたの、栄さんはどこへ」
「当てなしさ」栄二はおのぶといっしょに、戻ってあるきだしながら云った、「――どっかで酒を飲みてえんだが」