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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

「……ううむ」

劉表は、呻いたきり、黙然と奥の閣へかくれてしまった。

良人の煮えきらない容子に蔡夫人は焦々しく思った。だが、良人はもう充分、玄徳に疑いを抱いていることは確かなので、急に兄の蔡瑁を呼んで、

「どうしたものであろう」と、はかった。

蔡瑁は自分の胸を叩いて、

「此方にお任せ下さい」と、あわてて退がった。

夕方までに、彼は極秘裡に一団の兵をととのえ、夜の更けるのを待っていた。翌日となれば、玄徳は新野へ帰る予定である。大事の決行は急を要したが、その客舎を襲撃するには、宵ではまずい。夜半か、夜明けか、寝込みを襲うが万全と考えていたのである。

――ところが。

日頃から玄徳に好意をもっている幕賓の伊籍がちょうど城下に来ていて、ふとこのことを耳にはさんだので、

「これは、捨てておけない」

と早速、彼の客舎へ贈り物として果物を届け、その中へ密封した一書をかくしておいた。

玄徳はそれを見ておどろいた。夜半に蔡瑁の兵がここを取囲むであろうとある。彼は、夕方の食事も半ばにして、客舎の裏から脱出した。従者もちりぢりに後から逃げて彼に追いついた。

蔡瑁は、そんなこととも知らず、五更の頃を見はからって、一斉に鉦を鳴らし、鼓を打ち、ここへ殺到した。