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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

――そんな人物に惑わされて、無用なお心をつかうなど、巷の嘲笑も思いやらるるではございませぬか」

「否!」

玄徳の信はかたかった。

「関羽は春秋も読んでいよう。斉の景公は、諸侯の身で、東郭の野人に会うため、五度も尋ねているではないか」

関羽は、長嘆して、

「あなたが賢人を慕うことは、ちょうど太公望のところへ通った文王のようです。ご熱意にはほとほと感じいるほかありません」

すると張飛は、横口をさし入れて、こう大言した。

「いやいや、文王が何だ。太公望が何者だ。われら三人が、武を論ぜんに、誰か天下に肩をならべる者やある。それを、たった一人の農夫に対して、三顧の礼を尽すなど、実に、愚の至りというべきだ。孔明を招くには、一条の麻縄があれば足りる。それがしにお命じあれば、立ちどころに縛しあげてきて、家兄のご覧に入れるものを!」

「張飛は、近頃また、持ち前の狂躁病が起っておるらしいな」と、玄徳は、叱って、

「むかし、周の文王が、渭水に行って、太公望をたずねたとき、太公望は釣糸を垂れていて、かえりみもしなかった。文王はそのうしろにたったまま、釣を邪げず、日の暮れるまで待っていたという。