轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
又六も、左の手を負傷して、肱のつがいを、接木のようにボロでまいていた。
「多田を越えて、大村まで参りましたれど」
「なに、大村までしか行けなかったと」
「敵の伏勢に囲まれて、さんざん討ちなやまされ、漸く、七名だけ遁れてきたような有様でして」
「あとはみな討死したのか」
「いえ、べつに、その前から、二人だけは、百姓姿にして、法泉寺の山から大迂回に、土口のほうへ忍ばせました。これが、生きて帰って来れば妻女山のもようも知れようかと存じますが」
弾正は、落胆した。
兵は失ったが、得るところはなかった。で、信玄の君前にまた軍議の席へ、何の披露する材料もなかったが、その翌々日の明け方、もう期待していなかった物見のひとりが帰ってきた。又六の大物見から離れて、山また山を迂回し、首尾よく妻女山の本拠を窺ってきたという殊勲者であった。
ところが、折角、そういう虎口に入って、得難い敵の実状に触れてきながら、生憎と、その殊勲をあげた物見は、この近郷に生れた樵夫あがりで、魯鈍と実直だけを持った男だったため、弾正の質問に対して答えるところが頗るあいまいで要領を得ないものだった。
以下、その質問と、彼の答えとを、並べてみると、こんな風である。