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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

……思わず久しい長陣とはなった。各※(二の字点、1-2-22)も、昼夜、戦のほかに他念なく、疲れもしつらん。旁きょうは祝うべく楽しむべき日だ。粮米すらに事欠く中、何もないが一盞酌み交わそうぞ。さあ、くつろいで杯を挙げよ」

といった。

謙信のことばの中の情味をまず酌んで、諸将は杯へ唇を触れないうちに胸を熱くした。

直江大和守が、なお訊いた。

「きょうは、楽しむべき日だとの御意にござりましたが、何ぞ、お心祝いの御事でも? ……」

「否、否」

謙信は面を振って、

「そちたちも忘れたか。九月九日、重陽の佳節。きょうは古から菊見る日とされてある」

「おう! ……」みな膝を叩いて、

「左様左様。何さま今日は、菊の節句でござりましたな」

初めて、人々の眼は、筵の中央にある一脚の経机にそそがれた。小さい鶴首の銅花瓶に、一枝の黄な野菊が挿してあった。それが単なる意味の菊でないことに漸く気がついたのである。

「九月九日、九は陽数という。重陽とは陽気重なるという旨であろう。また、菊は延寿の象徴ともいう。漢土にも伝えがある。汝南の恒景というものの家に、或る日、一仙人がのぞいて曰うには、この秋、災厄あり、それを遁れんと思えば、紅絹の嚢に茱萸を入れて臂にかけ高き山に登れと。