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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
が。すぐそれは味方の物見が、昼夜交代で、海津の城を不断に見張っている――その役目の者と気づいたらしく、
「あの男を呼び下ろして来い」
と、命じた。
心得て、近侍のひとりが、すぐ馳け出して、間もなく樹上の物見の男をつれて来た。謙信自身が、親しく召寄せて訊くなどということは、あいだに無いことなので、男は何か落度でも咎められることかと、畏怖している容子であった。
「こよいのような晩でも、海津の城は望めるかの」
謙信の質問は平易なことでありその声はやさしかった。
物見はやっと安心したように答えた。
「月のある間はおぼろながら見えますが、月が隠れると殆ど何も見えません」
「それはそうだろうな」と笑って、
「間断なく、樹上におるのも大儀だの。こよいは海津の方面に、何の変ったこともないか」
「はい、何も異状はございません」
「そうか。千曲川の河原の方にも」
「先程、城の西口から河原の低いほうへかけて、いつにない煙がたちこめて見えました。初めは、夜霧かと思いましたら」
「――煙が?」
「左様でございまする」
「今もか。……今もまだ、煙が見えるか」
「まだ、薄々と、立ちのぼっておりまする。