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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

憤った。

めずらしく、その面には、怒気赫々たる血色を示し、

「足長め!」

と、罵った。

信玄をさしてである。これは謙信が名づけた綽名ではない。甲州の足長どのとは誰もいうのだ。その外交ぶり、その疾駆ぶり、あの山峡の国にいながら、実にまめな早足や早業を見せるところから起ったものらしい。

しかし、その疾風迅雷にかけては、謙信も信玄に劣らないものだった。謙信の迅さは、行動よりも、心機にある。事にぶつかって、悔いたり迷っていない果断にある。

「ひきあげよう。即刻」

六月、三国越えを、彼のひきいる人馬は、奄々と、汗みどろに、北をさしていた。

「無念です」

「割ヶ嶽は、ついに落城しました。お味方はのこらず、城と共に、討死をとげて」

相次ぐ悲報を、謙信は、その山道を喘ぎ喘ぎ行く途中で聞きとった。

「そうか」

汗を払って、雲の峰を仰ぐ。烈日は、彼の悲涙を焦きつけた。

「……そうか」

黙々、行軍をつづけてゆく。

彼の憤怒悲痛を察して、その馬前馬後を囲んで行く――直江大和守、長尾遠江守、鮎川摂津、村上義清、高梨政頼、柿崎和泉守などの諸将も、いまは何も激声を発しなかった。

黙々、また黙々……。