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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

いや、その眸が、それを見るというまもなかったほどである。謙信は、右覗きに、一太刀伸ばした体を左転して信玄のほうへ向けるや否、ふたたび、

「かっッ」

と、さけんだ。

正しく、こんどのものは、謙信の腹の底から出た声である。信玄は突嗟、右手の軍配団扇を伸ばし、わずかに面を左の肩へ沈めた。

しびれた手から軍配団扇を捨てた。そして大鳳が起つように身の位置を変え、太刀のつかへ手をかけたとき、謙信の二太刀目が、彼の転じたあとの空間を斬った。

その、せつなであった。

御小人頭の原大隅は、彼方に落ちていた青貝柄の槍を拾って、

「うわうっ」

と、噛みつくような声を放って駆けて来たが、主君信玄の危機、間一髪に、その槍で、馬上の敵を突きあげた。

謙信は、見向きもせず、

「機山、卑怯なるぞ」

と、三太刀めを振りかぶりながら、馬ぐるみ、信玄の上に躍りかかろうとしていた。

右の腕に負傷した信玄が、その肘を抱えたまま、身を翻して、後ろを見せかけたからである。

その後ろ肩を臨んで、小豆長光のひかりが一閃を描いたが、ほとんど同じ一瞬に、放生月毛は一声いなないて竿立ちに脚を上げてしまった。