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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
――念彼観音力、刀刃断々壊――などという声は乱軍中にはまま聞えるものであるし、わが先祖のうちで心に銘じている名を呪文のように連呼する若武者もあり、そうかと思うと、薪でも割るときの懸声みたいに「ワッショッ」と喚いたり「ヤアッ、ホイッ、ヤアッ、ホイッ」と大船の櫓でも漕ぎ出すように斬りこんで来る猪武者もある。
何しても、意識無意識のべつなく、ありとあらゆる声を放つ。そのあいだに立ち交じって、敵の気を移らせ、味方の士気を奮い立たすような正しい言葉を――機微適切な突嗟に――いえるような侍ならば、それはよほど千軍万馬往来の士か、胆略ふたつながら併せ持っている相当な人物だということができよう。
それはともかくこの日はまた、午過ぎから烈風が吹き出していたので、敵味方とも人馬の影は、濛々迷々と砂塵に煙り、夜かと思えば、日輪が空にあったと、後にそのときの思い出を人々も語っているほど、ひどい砂煙がこめていた。
軍馬の蹄が、滅茶滅茶に土を掘り返し、その土をまた兵が蹶立てるからである。
で、なおさら混乱を加え、それへさまざまな流言が飛び交うので、武田方の内にも、上杉勢の方にも、この前後にだいぶ同士討すらあった。