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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

単騎で渉るのとちがって、備えも要る、時間もかかる。

ここの兵数は、別動隊とはいえ、さきに八幡原へ出ている信玄の主力よりも、遥かに、人数は多く、十将十隊に組まれ、総勢一万二千はあった。

さればこそ謙信は、もっともこの一団雲が妻女山から移動して来ることを警戒していたのである。その抑えに、小森の丘に、今朝から満々と陣取っていた甘糟近江守は、

「今ぞ」

とばかり、敵がまだ此方の岸を踏まないうちに、それへ向って弓鉄砲を浴びせかけた。

着弾距離内の水面には、雨のようなしぶきが立ち、水は紅に変じて、仆れては、浮きつ沈みつ流れてゆく者が数知れなかった。

初め謙信は、その全陣の鉄砲組を、殆どここに残して行ったようであった。彼自身の軍隊は、当初から「一手切」の戦法を気構えていたので、弓、鉄砲も無用と見越していたからである。

しかし、渡河中の犠牲など元より覚悟だし、それに怯む新手ではない。たちまち、下流からは馬場民部、甘利左衛門などの隊が駆け上がり、上流には、小山田備中、小畑山城、真田弾正などの諸部隊が上陸していた。

このとき、越後の甘糟近江守とその手の者の働きは、実にめざましいものがあって、後々まで、