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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

(もう一問、仰ぎます)

(む、む)

(弱きを見て退き、強きに向って進む。――逆ですか。順ですか)

(死を恐れざるものは安く、生を楽しむものは危うし。強弱進退、死生の迷悟、みなこの中の事のみ。お館には如何に)

一転、反問を呈されて、謙信はしばらく唇をつぐんでいたが、やがてこう答えた。

(死中、生あり。生中、生なし)

すると宗謙和尚はからからと笑って、

(よし、よし。……では、行っておいでなさい)

拝をして、出陣を送った。

後、彼は、凱旋すると、微服して、林泉寺に入り、親しく宗謙禅師に参見し、以来、学ぶこと深かったという。

謙信の「謙」は、師の一字を乞うて名乗ったものともいわれている。彼の祐筆が記した若年ごろの日誌を見ても、

御本丸ニ御座成サルモ、常ニ御座之間ニハ一人モ罷リ在ラズ。御次ニノミミナ控ヘラレタリ。禅学遊バサルルニ御障リニヤ

と、ある。

いかに彼が禅に心を容れていたかが窺われるし、その導師は林泉寺七世の宗謙だったのである。

とはいえ彼は、ただ禅にのみ傾倒したわけではなく、神、儒、仏のいずれへも心をふかく寄せていた。天地を畏み人間の凡愚を弁えていた。仏教にしても、浄土、法華宗、天台、真宗派別なく参究して、その神髄を汲んでみな自己の心の甕にたたえていた。