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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

が、謙信はその期間、敢て、甲信に兵馬をうごかさなかった。

のみならず今川家から、この塩止政策の同盟を求めて来た使者に対しても、

「当家においては、疾くに当家として、策も立ておれば、御喙容には及ばぬ」

と、追い返してしまった。

しかし三河の徳川家康とは、この年、対甲同盟をむすび、いよいよ信玄に対しては、間隙をゆるさなかった。

苦しまぎれか、信玄は依然、諸州へ兵を出した。専ら塩を獲ようとしたのであろう。上州の上杉領へも突出して来た。捨ておけじと、謙信は直ちに三国山脈を越えてこれを撃退し、彼が、甲府へ退くと、自分も越後へ帰国した。

帰るとまもなく、謙信は、粮倉奉行の蔵田五郎左衛門を呼び、

「このたびの出征に、甲信地方の領民の生活を聞き及ぶに、うわさ以上の塩切れに、百姓共の苦悩は言語に絶しているらしい。――早々、わが北海の塩を、水陸より甲信地方へ転漕してつかわせ」

と、命じた。

五郎左衛門は耳を疑って、

「敵国へですか?」

と、怪しみながら念を押した。――そうだ、と謙信は大きく頷いて見せ、且つ、注意を加えた。

「もとより城中の塩倉を開けるわけにはゆかぬ。城下の商賈に令を出して、甲信側の塩商人へどしどし塩を売ってやれ、と奨めればよいのだ。