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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

文意には、

春秋幾星霜、君と我とは、兵馬を以て呼び、兵馬を以て応う。争う具は、弓箭にして、戦う心は、すなわち所存の相違にあり。我の理想するところ、君の理想にあらず、君の望むところ、我の望みに非ず、すなわち対峙連年、天下の野を借りて、戦陣を布く。

さりと雖も、兵家の戦に、何ぞ米塩を用いんや。米塩ひとり君が舐むるにあらず、百姓の生資たるもの、百姓は是、国の大みたから、また攻伐にかかわりなし。駿相二氏の下策、賤陋の心事、たれか憎まざるものやある。

昨今、わが領の商賈を通じ、貴国に塩を給すの意、ほかあるなし。希う安んじてこれを取れ。なお君の麾下をして更に士馬精鋭たらしめよ。戦陣ふたたび相まみえん。

「…………」

信玄は再読三読した。眉の霧は霽れている。しかし疑いもなく彼は謙信にたいして心服を抱いた。彼のうるわしい心事に照らされて信玄の心も美化されていた。何か潔い清らかな呼吸を感じるだけだった。勝敗の念も超えていた。

ていねいに書簡をたたんで、押しいただいて傍らの手筥へ納めたが、このときも信玄は、一言の感動も洩らさなかった。いうべきことばもなかったと思われる。